「李克強前首相の死」と中国経済の減退

「李克強前首相の死」と中国経済の減退

2023年1027日、中国の李克強前首相が非業の死を遂げた。享年68歳。首都・北京の市民からは驚きや悲しみの声が聞かれ、中国のSNS微博(ウエイボー)の検索ランキングでも訃報がトップになる等衝撃が走った。李氏は名門・北京大学法学部を首席で卒業し、早くから将来を嘱望され、07年に共産党最高指導部の常務委員入りを果たした。13年には首相に就任して2期務め、経済政策全般を担ってきた。かつては最大勢力だった共産主義青年団(共青団)の現役筆頭格の党幹部で、共産党総書記の有力候補でもあった。筆者は15年に日中経済協会主催の合同訪中代表団に参加した際、当時の李首相と一緒に記念撮影もしていたので、悼む思いを禁じ得ない。李氏は経済通の現実主義者であり、改革・解放に積極的で、対峙してきた習近平中国国家主席とは真逆の面が際立っていた。例えば、226月の上海のロックダウンでは、“脱・コロナ政策”に転じて人民を安堵させた。だが、2210月開催の中国共産党大会では、新たに選出の中央委員204人に入ることなく、習氏との確執が表面化し、23年3月に引退する流れとなった。それからわずか7カ月後の李氏の謎多き突然死は、異例の病名公表等に不自然な部分があり“粛清説”も出て、人民は動揺した。習政権は「天安門事件」の再発を恐れ、追悼する動きが動乱になることを警戒した。10月23日、習氏は共産党総書記としては異例の3期目入りを果たした。アメリカに“追いつけ”とばかりに経済・軍事・外交の各分野の力を強大化した中国ではあったが、とりわけ経済面では不動産バブルの崩壊等から経済の失速が始まりつつある。権力基盤が「習氏1強体制」となり、内政にも悪影響し始めているようだ。全ての幹部人事が習氏の一存で決まり、7月に外相が突然解任、1024日の全国人民代表大会常務委員会では軍事外交を担う国防相も解任となり、同月29日の安全保障会議「香山フォーラム」時点では後任不在のままであった。一方、23年1018日から2日間にわたり北京の人民大会堂で開催された巨大経済圏構想「一帯一路」の国際フォーラムでは、習氏は冒頭演説の中で、毎回出席しているロシアのプーチン大統領との中露首脳の結束を強調。同フォーラムが10年前に自らが提唱して始まったことにも触れ、これまでの成果を誇った。だが実情は「中国からの巨額な融資が返済できない途上国が、インフラ権益等が奪われる“債務のワナ”を危惧する」等、参加者の多くから疑問が出た。また、中国軍の腐敗が続く異変も見られ、防衛研究所の山口信治・中国研究室主任研究官によれば、「軍の上将らは習時代に任命された人物が主流で、軍部高官は習氏の信任を失うと即座に失脚するため、信任を巡る争いが体制内で激しくなっている」と分析。全ての最終判断を習氏が下す典型的な「独裁者の政治」になりつつあり、党長老や共青団からの批判も高まっている。李氏の逝去がきっかけで中国経済の減速が加速することになれば、国内の不満も表面化する。それを逸らす必要もあり、11月開催のアジア太平洋経済協力会議(APEC)出席のため訪米し、15日には1年ぶりの米中首脳会談を行う等、中国国内も意識した課題で議論をしたようだ。そのような結果に繋がるか、今後要注目であろう。※本欄は月刊誌「リベラルタイム」2024年1月号「匠の視点」第45回としても掲載。