現実味を帯びる「日本有事」
「台湾有事」という言葉が、各紙・誌の“見出し”になることが増えた。2022年8月3日に反中派で知られるアメリカ下院議長ナンシー・ペロシ氏が台湾を訪問し、祭英文総統と会談した。“一つの中国”を主張する中国はそれに反発し、翌日には台湾を取り囲むようにして中国軍の演習区域を設定し、実弾射撃を伴う「重要軍事演習」を開始し、サイバー攻撃も仕掛けた。同日発射の弾道ミサイルのうち5発が日本の排他的経済水域(EEZ)にも着弾した。「日本有事」を懸念する筆者は、8月中旬の4日間だけであったが、台湾に近く、日本の約7割の米軍基地と55の自衛隊関連施設があり、尖閣諸島も県内に所在する沖縄の人々と対話もしてきた。台湾国防部発表の8月集計データによると、近海で確認した中国軍艦艇は延べ約190隻、台湾海峡の中間線(幅約130~410kmの中台境界線)を越えた中国軍機は延べ約300機(昨年は2機のみ)、と驚愕的な数字であった。これが物語っていることは以前から想定していた「台湾本島攻撃のシミュレーション実施」だったいうことだ。その後も台湾離島への無人機の飛来が相次ぎ、中国の軍事的威圧は常態化している。米中央情報局(CIA)で分析官を務めた軍事専門家のジョン・カルバー氏は、これが新常態になると言及。これまで対中強硬姿勢には“あいまいさ”を示していたバイデン米大統領も警戒感を強め、8月28日に米海軍第7艦隊のミサイル巡洋艦2隻を台湾海峡で航行させる等、台湾支援を鮮明にした。台湾も対抗策として、9月1日に初めて台湾の金門島周辺に飛来した小型無人機1機を撃墜した。英『ロイター通信』によると、翌2日には米政府は台湾への11億ドル(約1,530億円)相当の武器売却(対艦ミサイル60発、対空ミサイル100発等)を承認し、米議会に通知した。日本も、安倍晋三元総理の「台湾有事は日本有事」という“遺言”のリアリティーが増している状況は認識しており、8月31日開催の自民党麻生派研修会で、同会会長の麻生太郎副総理は「沖縄の与那国島にしても(鹿児島県の)与論島にしても、台湾でドンパチ始まれば戦闘区域外とはいい切れない。戦争が起きる可能性は十分にある」と指摘していた。他の多くの国々もロシアのウクライナ侵攻からの学びもあり、インド太平洋地域で強権的な支配を強める中国を牽制する狙いで、8月19日から9月8日まで豪空軍主催の軍事演習「ピッチブラック」がダーウィン空軍基地等で行われ、日本も含め計17カ国が参加した。アメリカ、イギリス、フランス等から100機以上の航空機と約2500人が参加し、初参加の日本からは航空自衛隊より約150人とF2戦闘機6機が派遣された。台湾人の防衛意識も変革し、“自国”の安全保障には自分達も加わると自覚した感がある。ペロシ議長を迎えた台湾は大歓迎したが、中国側は10月16日開幕となる中国共産党大会で習近平総書記(中国国家主席)が異例の3期目に入るタイミングでもあったため、習氏の顔色を窺う王毅外交部長は、予定されていた林芳正外務相との会談をキャンセルした。外相ポストの王毅氏のとった態度※は、現在の悪化した日中関係を象徴している。習氏の中国が長期政権化することがあれば、最悪「日本有事(即ち台湾海峡の封鎖、尖閣諸島を奪取、日本への挑発行為、日本侵攻)」へ展開する。
※筆者は彼が駐日大使在任中に日中経済団体の会合で会ったことがあるが、差し出した名刺を受け取りはしたものの、目もくれない不遜な態度はメディア報道での映像にある居丈高な印象そのものだった。
尚、本欄は月刊誌「リベラルタイム」2022年11月号「匠の視点」第31回としても掲載。