日本は世界一長寿企業が多い「老舗超大国」である

意外と知られてないが、世界の老舗企業の約8割は日本に存在し、創業100年以上の企業が全国に約3万3000社(帝国データバンク20191月発表)あると言われている。実は日本で一番歴史のある会社は、四天王寺建立のため578年に聖徳太子が招聘(しょうへい)した百済人が設立した会社で、1400年も続いた。このように昔から日本の各地には多くの“家”と呼ぶべき老舗企業が存在し、地域社会との結びつきを大切にしてきた。各家が独自の経営理念をもち、家業の発展と永続をめざし、幾多の困難を乗り越えてきたわけである。例えば、第二次世界大戦といった“戦争”、バブル崩壊やリーマンショックなどの金融・経済危機、阪神淡路大震災・東日本大震災といった自然災害などである。それらを克服し老舗大国となった背景には、しっかりした企業理念や経営方針のもと、既述したような数々の危機に対する対策や対応を日本独自の考え方で講じてきたことがあげられる。各家で働く職人たちは、へりくだりつつも職人としての矜持をそれとなく誇示していたし、昔からの職人を尊ぶ伝統的な習慣や相続の考え方である家督相続制にも学ぶべき点があった。一族経営が多かった老舗の家督の考え方は、戸主が亡くなった場合には長男がその権利や義務を一人で継承・相続するというものであったが、養子に迎えた娘婿の方が長男よりも優秀と見なされたなら、そちらを後継に選んだりするケースもあった。つまり跡取りの役割は、親族という枠にとらわれることなく、次の世代に引き継ぐことにあったのだ。戦後、江戸時代から続く家業が株式会社化して大量生産を目指すことになったが、跡継ぎ選択の経緯も、家業が工業へと生まれ変わるイノベーション(変革)の第一歩となったと思われる。また、長寿企業の多くには世代を超えて受け継がれた明文化された経営理念があった。仮に明確な企業理念はなくとも、時代の変化に合わせて常に新たな主力製品を育て、業態を変えてきた日本特有の遺伝子があった。「身の丈経営」などを指針とし、ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)を大事にしながら、決して老舗の名にあぐらをかくことなく、徹底した「顧客志向」「堅実経営」で不断の努力を続けてきたのである。ほんの一例だが、わが国の諸産業が近代化を目指すなかで生まれたあるメーカーを紹介させていただく。同社の創業期は戦時中で、当時の日本製品は「安かろう、悪かろう」との評判が一般的であり、終戦直後もまだ製造品の主流は欧米製でもあった。それが今では世界トップレベルの品質と技術を誇る工作機械メーカーに成長している。他にも同様に躍進している企業は多く、枚挙にいとまがない。世界に誇る日本の“家宝”とも言うべき老舗企業を“長寿ブランド”として礼賛し、17世紀以降に登場した暖簾(のれん)という言葉を、かつて優秀な製品の代名詞であった「メイド・イン・ジャパン」を思い出させてくれる言葉としても末永く守られていくことを期待したい。