政治家エピソード連載(額賀福志郎)

今回の連載は、政治家としては22人目となる額賀福志郎先生を取り上げたい。現在は茨城県第2区選出の衆議院議員(12期目)で、1998年防衛庁長官で初入閣し、その後財務大臣等数々の要職や派閥(平成研)会長なども歴任、また結果的には総裁選への出馬は見送られたが、再三“総裁候補”と目された方だ。私の手許に、201012月発刊の先生ご自身の著作本「政治はゲームではない(戦略的日本開放計画)」というタイトル本がある。堺屋太一氏の推薦とあり、ブックカバーには“もう民主党にはまかせられない”とも書かれている。“悪夢”と揶揄された民主党政権(2009年から2012年までの約3年半)時代なので、今から10年程前の著作だ。先生の豊かな見識が窺え、内容的にも同感できる。当時の民主党の後継者にあたる方々の間では、現在も新たな党内抗争が展開されている状況もあり、当時のことを思い出すと気分が悪くなるので、ここで本論に戻る。額賀さんは、学生時代は早大政経学部で雄弁会に所属し、卒業後入社した産経新聞の政治部時代に三木武夫元首相や田中派の番記者経験もあり、早くから政界人脈を培ってきた。先生とのご縁のきっかけは、私が旭化成の秘書室長をしていた時分に、額賀事務所で秘書を長く努められていた方(現在は茨城県議として活躍)が、「秘書を交代することになりましたので‥」と連れてこられたのが、先生の三人のお嬢様のどなたかと結婚が決まっていた(お婿さんになる)方だった記憶がある。その後、先生ご自身とは、日韓関係・その他の会合などでご一緒する機会も度々あり、お会いすると必ずご挨拶もさせていただいたし、あるパーティで会場から出られる時にも、雑談をしながら玄関までご一緒するなどしていた。とても気さくで、気取らない“人格者”であった。最近の状況としては、現在も継続されている日韓議員連盟会長の役割などで、一年程前(20198月)に韓国の李洛淵(イ・ナギョン)首相と「GSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)破棄の見直し」に関しての会談もされたようだが、 “最悪”の一言に尽きる日韓関係の現状のためか、韓国首相と接触することへの異論もあった。私は日韓経済協会の役員経験もあることから、本ホームページ5月新着情報の欄で「日韓関係と文大統領の“末路”」と題して掲載しているので、こちらもご参照いただければ幸甚です。

 

※この連載では(第1回)中曽根康弘・中曽根弘文、(第2回)山崎拓・伊吹文明、(第3回)小渕優子・松島みどり、(第4回)麻生太郎・梶山弘志、(第5回)岸田文雄・石破茂、(第6回)甘利明・山口那津男、(第7回)加藤勝信・江藤拓、(第8回)鈴木宗男、(第9回)二階俊博、(第10回)福田康夫、(第11回)野田毅、(第12回)中川秀直、(第13回)石田真敏、(第14回)太田昭宏、(第15回)額賀福志郎の各先生は掲載済。以後は順不同であるが、与謝野馨、加藤紘一、丹羽雄哉、石原伸晃、棚橋泰文、金子一義、高市早苗、逢沢一郎、山本有二、山本幸三、盛山正仁の各先生を予定。