得難い歴史的資料となった『安倍晋三回顧録』

得難い歴史的資料となった『安倍晋三回顧録』

2023年2月に中央公論新社から発刊された安倍晋三元首相のインタビュー記録『安倍晋三回顧録』は、発売と同時に国内外で反響を呼んでいる。安倍元首相を題材にした書籍はあるが、安倍氏自身の直截的な思いと語りが載録され、書籍になったのは2冊だけ。1冊目の『美しい国へ』は067月に文藝春秋社から新書版が発売され、50万部を超えるベストセラーとなった。それは筆者が旭化成の取締役に就任した年のことだ。翌年4月に、直属の上司だった山口信夫氏(旭化成会長/日本商工会議所会頭=当時)に随行し、首相官邸で安倍氏に面会する機会を得た。当時、首相秘書官を務めていた今井尚哉氏の案内で、安倍氏と記念撮影をし、『美しい日本へ』の新書版を頂戴し、「恵存・水野雄氏大兄・安倍晋三」と直筆のサインまでして頂いた。その時のスナップ写真と直筆サインは、筆者が代表を務める匠総合研究所のホームページに掲載させて頂いた。それから月日は流れ、232月に2冊目となる『安倍晋三回顧録』が発刊された。それは安倍首相退任1ヶ月後の2010月から約1年で行われた計1836時間のインタビューを収録したもので、聞き手を務めたのは橋本五郎読売新聞特別編集委員(元政治部長)と尾山宏同紙論説員の二人。未公開だった安倍氏在任中の多くの秘話が収録されており、本の帯には「憲政史上最長政権はこうして作られた」とあり、知られざる宰相の「孤独」「決断」「暗闘」とも銘打たれている。筆者は232月に開催された橋本氏による講話会に参加し、出版までの経緯や苦労話等を直接聴く機会をもった。橋本氏によると、221月には完成して出版の運びとなっていたが、安倍氏から刊行に「待った」がかかったとのこと。内容的に安倍氏自身としても機微に触れるものがあり、同書を世に出すタイミングを見計らっていたようだ。真意はともかく、安倍派会長として、再々の総裁選出馬への秘めた思いもあったとの説も流れた。それが、安倍氏不在となった時点で、発刊への難題と考えたのは、「安倍昭恵夫人というよりも安倍さんの友人(橋本氏の弁)」の了承が得られるどうかであり、著作権や印税(売れ行きにもよるが、数千万円から超ベストセラーとなれば億単位)をどうするかを検討する必要もあったとのこと。結果として昭恵夫人の快諾のもと、23年2月8日に発売となった。本の帯には「手の内と舞台裏のすべて明かす」とも書かれており、政界関係者だけでなく、広く読まれることになりそうだ。橋本氏の講話会でも、参加者から「100万部!」との声援も発せられたし、実際、発売されるや否や、増刷が繰り返され、すでにミリオンセラーとなっている。目録の中で筆者が特に注目したのは、「森友・加計学園問題」に関する箇所だ。橋本氏も触れていたが、安倍氏・昭恵夫人両名の認識とは異なり、忖度した財務官僚の事実誤認と反安倍メディア記者の捏造報道の両方が存在した感がある。内政は当然だが、外交上の政治判断の舞台裏や各国首脳との会談でのやり取りでも、機微に触れる部分は少なくない。半永久的に公開されない可能性もあった安倍氏の重要証言の数々が盛り込まれ、政権の舞台裏を安倍氏自ら“総括”。多くの各国要人との秘話も収められ、海外メディアも注目の歴史的資料となっている。※尚、本欄は月刊誌「リベラルタイム」2023年5月号「匠の視点」第37回としても掲載。