対露制裁におけるインドが置かれたジレンマ

対露制裁におけるインドが置かれたジレンマ

2022年3月、岸田(文雄)首相がインドのナレンドラ・モディ首相と会談し、ウクライナ侵攻を続ける対露制裁への連携を要請した。ロシア非難の国連安保理決議に棄権したことで、にわかにインドへの注目が集まりつつある。人口は約14億人で世界最大規模。世界GDP(国内総生産)ランキングは29年(21年時点で5位)には3位の日本を抜いてアメリカ、中国に次ぐ経済大国になる(日本経済研究センター予測)。身分制度「カースト」や“IT大国”等のイメージがある同国の政権の座に145月からつき、195月の総選挙で続投となったのが、モディ第18代首相だ。モディ氏は就任した14年に来日し、91日に当時の安倍(晋三)首相と日印首脳会談を行い、安全保障・経済協力等の「日インド特別戦略的グローバル・パートナーシップのための東京宣言」と題する共同声明にも署名した。歴史的には非同盟を志向してきたが、現状は軍事(武器60%の供給元)・経済面で依存してきたロシアとは友好ながら、中国とは軍事衝突もあり険悪・不仲だ。一方の日印関係といえば、モディ氏が地方政治家だった頃から安倍元首相とは個人的な信頼関係があり、プレジデント社の記事では、「インドで誕生した『安倍派』の新首相」と紹介もある親日家。モディ氏が声価を高めたのは、出身地グジャラート州の道路、港湾、電気等のインフラを整備し、電力不足で首都デリーでも停電が頻発するインドでは珍しい「停電のない州」にした“州首相”としての実績だ。各国の企業誘致を10年で3倍近くに増やしている。例えば20年時点でインド進出の日本企業は1455社だ。実は筆者も、135月に「旭化成インディア(ムンバイ市)」のオープニングセレモニーの為に訪印しており、モディ氏来日時には経済5団体の歓迎昼食会にも、経団連企業幹部代表として参加している。モディ氏の人物像としては、「既存メディアには寡黙で、記者会見等での報道陣の質問も一切受けず、氏からの一方通行」との印象のようだ。トップダウンの剛腕ぶりを発揮する「ナショナリスト」で知られ、特に国境紛争から1962年に戦火を交わした中国には対抗意識が強く、仮想敵としている。22年開催の「北京オリンピック」では、聖火リレーの走者にインドとの国境紛争で負傷した中国人民解放軍の兵士を起用したことに反発し、政府代表団を開会式に派遣しない“外交ボイコット”を行った。22年5月9日に開催された対独戦勝記念日の式典でのプーチン大統領の演説に世界の関心が集まったが、欧米で憶測されていたような“戦争宣言”はなかった。国家間で対立局面が続くモディ氏と中国習近平氏の両国トップが、プーチン演説を“どのように受け止めた”かは、日本の安保・防衛にも影響する。5月24日に東京で開催される「クアッド」(日米豪印戦略対話)首脳会談では、将来を見据え、ロシアよりも日米豪が頼りになるとインドに実感してもらう機会にすべきだ。モディ氏には対パキスタン問題の課題も残る。長尾賢氏(米ハドソン研究所研究員)によると、1971年の第3次印パ戦争以降、インドに敗れたパキスタンは核兵器保有とテロリスト支援を継続している。その対抗手段としてインドが配備したのが“友好国”のロシア製核ミサイルである。モディ氏の周辺事情は複雑だ。※本欄は月刊誌「リベラルタイム」20227月号「匠の視点(第27回)」としても掲載。